2026年7月28日

こんにちは。仙台駅前でIBD(炎症性腸疾患)診療と内視鏡診療に力を入れている「せんだい駅前 消化器IBDクリニック」院長の志賀 永嗣です。当院は、プライバシーに配慮した個室空間で、大学病院での経験を活かした専門的な治療をスムーズに受けていただけるクリニックを目指しています。
IBDの合併症というと、前回・前々回にご紹介した関節・皮膚・眼・肝臓などの「腸管外合併症」が思い浮かびますが、もう一つ見逃せない大きなテーマがあります。それが「栄養障害(えいようしょうがい)」であり、「貧血(ひんけつ)」や「骨粗鬆症(こつそしょうしょう)」も含まれます。
今回は、なぜIBD患者さんに栄養の問題が起きやすいのか、そして実際にどう対策すれば良いかを、最新のエビデンス(科学的根拠)をもとにお話しします。
過去の記事をまだご覧になっていない場合は、あわせてご覧くださいね。
過去記事:潰瘍性大腸炎の治療を総括する:基本の5-ASA製剤から最新治療までのステップ
過去記事:クローン病の治療を総括する:早期の「徹底管理」が未来を分ける理由
過去記事:クローン病・潰瘍性大腸炎の「食事」戦略─「栄養療法」を知れば、食事はもっと自由になれる
1. IBD患者さんに栄養障害が多い理由:「入り口の問題」と「出口の問題」
IBD患者さんに栄養障害が起きやすい理由は、大きく3つあります。
① 食べる量が減る
腹痛・下痢・食後の不快感などの症状から、「食べると症状が悪化するかも」と食事を控えてしまう方が少なくありません。また、入院中や検査前の絶食によっても、栄養摂取の機会が減ってしまいます。
② 腸からの吸収が悪くなる
特にクローン病では、小腸(しょうちょう:栄養を吸収する部分)にも炎症が及ぶことがあります。炎症が起きている腸の粘膜からは、たんぱく質・脂質・ビタミン・ミネラルなどが十分に吸収されない状態になっています。小腸を手術で切除している方は、当然ながら吸収できる面積が減ってしまっています。
③ 炎症そのものが栄養を消耗させる
慢性的な炎症が続くと、安静にしていても体のエネルギー消費が増え、筋肉のたんぱく質が分解されやすくなります。これがサルコペニア(筋肉量・筋力の低下)につながります。最新の研究では、IBD患者さんの約3人に1人にサルコペニアが認められるとも報告されています。
これらが重なって生じるのが、IBD患者さんに特有の栄養障害です。見た目に「やせている」方だけでなく、標準体重や肥満の方でも筋肉量が低下している「隠れ栄養障害」があることも、近年注目されています。
2. IBD患者さんに多い「貧血」──倦怠感の陰に鉄不足あり
栄養障害の中でも、特に患者さんが自覚しやすいのが貧血(ひんけつ)です。「なんとなくだるい」「すぐ疲れる」「息切れがする」という訴えは、IBDそのものの症状と混同されがちですが、実は貧血が原因であることが少なくありません。
「IBDで最も頻度の高い全身性合併症は貧血である」とも言われており、IBD患者さんの2割が貧血の状態にあり、貧血がなくても4割以上に鉄不足が潜んでいるという報告があります。
なぜ貧血になりやすいのか
IBDにおける貧血の原因は主に2つです。
1つ目は鉄欠乏性貧血(てつけつぼうせいひんけつ)です。腸の粘膜からの慢性的な出血(血便)による鉄の喪失と、炎症が起きている腸からの鉄の吸収低下が重なって起こります。特に潰瘍性大腸炎で血便が続く場合や、クローン病で小腸に炎症がある場合に生じやすくなります。
2つ目は慢性炎症性貧血(まんせいえんしょうせいひんけつ)です。慢性的な炎症が続くと、体内で「ヘプシジン」というホルモンが増え、鉄が体の中に蓄積されていても赤血球の材料として使われにくくなることで起こります。つまり、血液検査で貯蔵鉄(フェリチン)が正常に見えても、実は機能的に鉄が足りていない状態になることがあるのです。
実際の患者さんでは、この2つが混在していることが多く、どちらが主体かを正確に見極めたうえで治療方針を決める必要があります。
経口鉄剤が「効きにくい」理由と静注鉄剤の役割
「貧血と言われて鉄剤のサプリを飲んでいるけれど、なかなか数値が上がらない」という経験はありませんか?
実は、IBDの活動期(炎症が強い時期)には、炎症の影響で腸からの鉄の吸収が著しく低下するため、口から飲む鉄剤(経口の鉄剤)が効きにくい状態になります。また、経口鉄剤は胃腸への刺激や便秘・下痢などの副作用が出やすく、特にIBD患者さんは飲み続けにくいという問題もあります。
そのため、IBDに伴う鉄欠乏性貧血では、静脈から直接鉄を補充する「静注鉄剤(じょうちゅうてつざい)」が推奨されることが多くあります。腸を介さず直接血液中に鉄を届けるため、吸収の問題を回避でき、短期間で効率よく貧血を改善できます。最近は安全性の高い製剤が普及しており、外来での投与も可能です。
当院では定期的な血液検査でヘモグロビン(赤血球の指標)・血清鉄・フェリチン(貯蔵鉄)などを確認し、必要に応じて静注鉄剤の投与を含めた適切な対応をご提案しています。「だるさが続く」「貧血と言われた」という方は、ぜひご相談ください。
3. 骨粗鬆症もIBD患者さんに多い
「骨粗鬆症は高齢の女性の病気」と思われがちですが、IBD患者さんでは若い世代・男性でも骨密度の低下が起きやすいことが知られています。IBD患者さんの約4割に骨密度の低下(骨粗鬆症または骨粗鬆症の一歩手前の骨減少症)が認められるという報告もあります。
なぜ骨が弱くなるのでしょうか。主な理由は以下の3つです。
① 炎症性サイトカインによる骨破壊の促進
腸の炎症により産生される炎症性物質(TNF-α・IL-1・IL-6などのサイトカイン)は、骨を壊す細胞(破骨細胞:はこつさいぼう)を活性化させます。つまり、腸の炎症が直に骨を弱くするのです。薬を使っていないIBD発症直後の患者さんでも骨密度の低下が見られることがあるのは、この炎症の影響です。
② ステロイドの副作用
潰瘍性大腸炎やクローン病の活動期に使うステロイド(副腎皮質ホルモン)には、骨を作る細胞(骨芽細胞:こつがさいぼう)の働きを抑え、カルシウムの吸収を妨げる副作用があります。長期に反復して使用することで骨密度低下のリスクが高まるため、「ステロイドから早く離脱する」ことが骨の健康にも直結します。
過去記事:ステロイドは本当に安全?いつまで続けるの?潰瘍性大腸炎とクローン病での「役割」の違い
③ ビタミンD・カルシウムの不足
腸からの吸収低下や日光不足(外出を控えがちになるため)により、骨の材料となるカルシウムとその吸収を助けるビタミンDが不足しやすくなると言われています。
4. 当院での対策:腸の治療と栄養の管理は一体のもの
以上の通り、IBD患者さんにおける栄養障害・貧血・骨粗鬆症は、いずれも「腸の炎症が全身に波及した結果」という共通の根っこを持っています。そのため、腸の炎症をしっかり抑えること自体が、これらすべての問題に対する最大の予防策・治療策になります。
アドバンスド・セラピー(高度な治療)で腸の炎症を「ゼロ」に近づけることは、腸だけでなく、骨・血液・筋肉も同時に守ることにつながっているのです。加えて、当院では、以下の点を定期的な診察の中で確認しながら診療を行っています。
栄養状態のチェックとして、血液検査でアルブミン(たんぱく質の指標)などを定期的に確認しています。体重変化も大切なサインですので、受診のたびに記録するようにしています。
貧血・鉄欠乏の管理として、ヘモグロビン・血清鉄・フェリチンなどを定期的に測定しています。鉄欠乏が確認された場合、必要に応じて静注鉄剤(じょうちゅうてつざい:点滴で直接鉄を補充する治療)の投与を行います。
骨を守るための取り組みとして、ステロイドを必要最小限にとどめ、できるだけ早く離脱できるよう治療を組み立てます。また、ビタミンDやカルシウムの補充が必要な方には適切にご提案します。
5. まとめ
IBDにおける栄養障害・貧血・骨粗鬆症は、いずれも決して珍しいものではなく、治療中の多くの患者さんに関わる問題です。しかし、腸の炎症をしっかり抑えることを軸にしながら、これらの問題を拾い上げ、適切に対応していくことは可能です。
「腸さえ良ければいい」ではなく、血液・骨・筋肉を含めた「全身の状態を一緒に診る」ことが、長期的に安心して生活を続けていただくための当院の方針です。気になることがあれば、いつでも診察室でお話しください。
引用文献
1. 潰瘍性大腸炎・クローン病 診断基準・治療指針 令和7年度改訂版
2. Gordon H, Burisch J, et al. ECCO Guidelines on Extraintestinal Manifestations in Inflammatory Bowel Disease. J Crohns Colitis. 2024;18(1):1-37.
3. Rogler G, Singh A, et al. Extraintestinal Manifestations of Inflammatory Bowel Disease: Current Concepts, Treatment, and Implications for Disease Management. Gastroenterology. 2021;161(4):1118-1132.
4. DeLoughery TG, Jackson CS, et al. AGA Clinical Practice Update on Management of Iron Deficiency Anemia: Expert Review. Clin Gastroenterol Hepatol. 2024;22(8):1575-1583.