2026年6月02日

こんにちは。仙台駅前でIBD(炎症性腸疾患)診療と内視鏡診療に力を入れている「せんだい駅前 消化器IBDクリニック」院長の志賀 永嗣です。当院は、プライバシーに配慮した個室空間で、大学病院での経験を活かした専門的な治療をスムーズに受けていただけるクリニックを目指しています。
今日は、IBD患者さんが食事と並んで最も気にされているテーマ「ストレスと再燃の関係」についてお話しします。
1. 「ストレスで腸が悪くなる」は本当だった—震災が教えてくれたこと
これまでもストレスによって症状が悪くなるという話はありましたが、私自身も実感したことがあります。2011年3月11日の東日本大震災です。あの未曾有の災害は、多くの患者さんの生活を一変させました。
私が東北大学病院に在籍していた当時、震災前後のIBD患者さん(潰瘍性大腸炎546名、クローン病357名)の経過を調査しました。結果として、震災という大きなストレスにさらされた後、特に潰瘍性大腸炎の患者さんで再燃率が有意に上昇していたことが明らかになりました。
この研究は「ストレスと再燃の関係」を示した臨床的な証拠の一つです。けれど当時、「なぜストレスが腸の炎症を引き起こすのか」という分子レベルのメカニズムは、まだよく分かっていませんでした。
2. ストレスが腸の炎症を引き起こすメカニズムとは?
その「なぜ」に、ついに答えが出ました。
2023年、世界最高峰の科学誌の一つ「Cell」に掲載された報告です。マウスと複数のIBD患者コホート(同じ条件の患者さんを追跡した研究)を使った精緻な実験で、ストレスが腸の炎症を悪化させる具体的な経路が初めて解明されました。
メカニズムをわかりやすく説明しますと…
1. 強いストレスがかかると、脳がストレスホルモン(グルココルチコイド)を大量に分泌します。
2. このホルモンが「腸内神経系(ちょうないしんけいけい)」——腸の壁に張り巡らされた神経ネットワーク、いわば「腸の脳」——に作用します。
3. すると腸内神経系の中の「腸グリア細胞(ちょうグリアさいぼう)」という細胞が炎症を促進するタイプに変化し、免疫細胞(単球:たんきゅう)を呼び集めて腸の炎症を引き起こします。
4. さらにストレスホルモンは腸の神経細胞の成熟を妨げ、アセチルコリン(腸の動きを調節する物質)が不足することで、腸の動きも悪くなります。
つまり、ストレス → ストレスホルモン → 腸内神経系の変化 → 免疫細胞の活性化 → 腸の炎症という明確な経路が、ヒトのデータを含む複数のコホートで確認されたのです。
「ストレスで腸の症状が悪くなる気がする」という患者さんの感覚は、最先端の科学によって裏付けられました。
3. ストレスは「引き金」になるだけでなく、「悪循環」も生む
さらに厄介なのは、この関係が一方通行ではないという点です。
「腸脳軸(gut-brain axis)」と呼ばれる仕組みでは、脳から腸への影響だけでなく、腸の炎症が脳に戻って不安やうつを悪化させるという双方向の影響が起きています。つまり、ストレス → 腸の炎症 → 気分が落ち込む → さらにストレス → さらに再燃、という悪循環に陥りやすいのです。
「IBDになってから気持ちが落ち込みやすくなった」という方も多いですが、この悪循環も一因といえます。
4. では、どうすればいい?ストレスと上手につきあうために
「ストレスを完全になくせ」と言っても、それは無理な話です。仕事も家庭も人間関係も、ストレスのない生活などありません。大切なのは、ストレスを「溜め込まない」「増やさない」工夫です。
ストレスと症状のパターンを記録する
「あのプロジェクトが忙しかった時に再燃した」「親の介護が重なったときに悪化した」など、自分なりのパターンが見えてくると、早めに対処できるようになります。スマホのメモで十分です。
腸の炎症を薬でしっかり抑えておく
炎症がある状態ではストレスの影響を受けやすくなります。逆に言えば、寛解(かんかい:炎症が落ち着いた状態)を持続させることが、ストレスへの耐性を高めることにもつながります。薬をきちんと続けることが、メンタル面の安定にもつながるのです。
睡眠を整える
睡眠の乱れもストレス反応を高め、疾患活動性に影響することが示されています。就寝・起床の時間をなるべく一定に保つことが、まず手をつけやすい対策です。
「外来で話す」ことも治療のうち
「ストレスが溜まっています」「精神的につらいです」ということを、外来でぜひ話してください。IBDの診療において、メンタル面の状態は腸の炎症と同じくらい重要な情報です。薬の種類や量を調整するなど、治療を調整する参考になります。
5. まとめ
「ストレスで腸が悪くなる」のは、気のせいでも思い込みでもありません。脳のストレス信号が腸内神経系を通じて炎症を引き起こすという経路が、過去の研究で明らかになっています。
大切なのは、ストレスをゼロにしようとするのではなく、「炎症を薬でしっかり抑えながら、ストレスと上手につきあっていくこと」です。気になることがあれば、いつでもお気軽にご相談ください。
引用文献
1. Shiga H, Miyazawa T, et al. Life-event stress induced by the Great East Japan Earthquake was associated with relapse in ulcerative colitis but not Crohn’s disease: a retrospective cohort study. BMJ Open. 2013;3(2):e002294.
2. Schneider KM, Blank N, et al. The enteric nervous system relays psychological stress to intestinal inflammation. Cell. 2023;186(13):2823-2838.e20.
3. Oyama H, Moroi R, et al; Chronic Poor Sleep is Associated with Increased Disease Activity in Patients with Ulcerative Colitis: Prospective Observational Study in Japan. J Crohns Colitis. 2025 Jan 11;19(1):jjae116.