2026年9月15日

こんにちは。仙台駅前でIBD(炎症性腸疾患)診療と内視鏡診療に力を入れている「せんだい駅前 消化器IBDクリニック」院長の志賀 永嗣です。当院は、プライバシーに配慮した個室空間で、大学病院での経験を活かした専門的な治療をスムーズに受けていただけるクリニックを目指しています。
今シーズンのインフルエンザは、例年より大幅に早く8月下旬から流行が始まっています。仙台市内の学校でも、学級閉鎖が相次いでいます。例年であれば「秋に接種して冬に備える」という流れですが、今シーズンはすでに身近なところに感染リスクが迫っています。
今回は、IBD治療中の方がインフルエンザについて知っておくべきこと、特に重症化リスク・ワクチンの選び方・フルミストという新しいワクチンに関するご家族への注意点についてお話しします。
以前の記事でワクチン全般についてお話ししましたが、今回はインフルエンザに絞って、より具体的にお伝えします。
過去記事:打っていいワクチン・注意が必要なワクチンを整理する─IBD治療中のワクチン接種ガイド
過去記事:帯状疱疹は「高齢者だけの病気」じゃない。免疫抑制中の方こそ知っておきたいワクチンの話
1. IBD患者さんはインフルエンザで「重症化しやすい」
インフルエンザは、高熱や関節痛が数日間続く辛い病気ですが、健康な方では多くの場合は自然に回復します。しかし、IBD治療中の方はそうはいかない場合があります。
2022〜2023シーズンのインフルエンザ感染者を対象とした大規模な解析(活動期・非活動期のIBD患者さん各22,784人を対象)では、活動期IBD患者さんは非活動期の患者さんと比べて、インフルエンザ診断リスクが1.41倍、入院リスクが2.05倍、ICU入室リスクが1.51倍、人工呼吸器が必要になるリスクが1.68倍高かったことが示されています。
なぜ重症化しやすいのでしょうか。主な理由は2つです。
一つ目は免疫を抑える治療の影響です。生物学的製剤・JAK阻害剤・ステロイドなどは、腸の炎症を抑える一方で、ウイルスへの防御力も部分的に低下させます。
二つ目は腸の炎症そのものの影響です。上記のデータが示すように、腸の炎症が活動している状態(活動期)ではリスクがさらに高まります。腸の治療をしっかり続けて炎症を抑えることが、インフルエンザ対策としても重要な意味を持つのです。
また、インフルエンザに罹患することでIBDが再燃(悪化)するリスクがあることも報告されています。感染症をきっかけに腸の状態が崩れるケースを、大学病院でも何度も経験してきました。
2. IBD患者さんへの答え:「注射の不活化ワクチン」を毎年接種する
以上のリスクを踏まえ、国内外のガイドラインおよびIBD患者さんへのワクチン接種エキスパートコンセンサスでは、IBD患者さん全員に毎年のインフルエンザワクチン接種を強く推奨しています。
ここで必ず押さえていただきたいのが、ワクチンの「種類」です。現在日本で使えるインフルエンザワクチンは大きく2種類あります。
不活化ワクチン(注射タイプ)
従来から使われてきた腕に注射するタイプです。ウイルスを不活化(死滅)させて作るため、生きたウイルスを含みません。免疫を抑える治療中でも安全に接種できるため、IBD患者さんに推奨されます。
経鼻弱毒生ワクチン(フルミスト®)
2024年から日本でも使えるようになった、鼻にスプレーするタイプのワクチンです。弱毒化した生きたウイルスを使うため、免疫が正常な小児(2歳以上19歳未満)には痛みなく接種できて便利ですが、免疫を抑える治療を受けているIBD患者さんには接種できません。
3. 「フルミスト」に関するご家族への重要な注意点
ここで、IBD患者さんご自身だけでなく、ご家族への大切なお願いがあります。
お子さんがフルミストを接種した場合、接種後1〜2週間は、免疫が低下しているご家族(IBD治療中の方など)との密接な接触を控えることが必要です。
これは、フルミストが弱毒生ワクチンであり、飛沫または接触によりワクチンウイルスが周囲の人へ水平伝播する可能性があるためです。日本小児科学会も、「周囲に免疫不全患者がいる場合は不活化ワクチンを選択する」ように明示しています。
つまり、IBD治療中のご家族がいる家庭では、お子さんのインフルエンザワクチンを選ぶ際に以下のどちらかの対応が必要です。
・お子さんも注射の不活化ワクチンを選択する
・お子さんがフルミストを接種する場合は、接種後1〜2週間、IBD治療中のご家族との密接な接触を避ける(同じ空間での長時間滞在・飲食の共有など)
「子どもはフルミストを接種したいけど、お父さん・お母さんがIBDの治療中」というご家庭では、かかりつけの小児科の先生とも相談しながら、家族全体で最適な選択をしていただくことが大切です。
4. 「ワクチンを打っても効かないのでは?」という疑問に答える
「免疫を抑える薬を使っているから、ワクチンを打っても効果がないのでは?」というご質問をよくいただきます。
確かに、免疫抑制療法中はワクチンへの反応(抗体産生)が健康な方より低下することがあります。特に抗TNF抗体製剤と免疫調節薬(アザチオプリンなど)を併用している方では、抗体の産生が弱くなることが知られています。
だからといってワクチンを諦める必要はありません。たとえ抗体が十分に上がらなくても、重症化を防ぐ効果は十分に期待できることが示されています。「完全には防げないかもしれないが、入院や重篤な転帰を避けるために打つ」という考え方が、現在の専門家の共通見解です。
投与スケジュールなど、気になる方は診察時にお気軽にご相談ください。
5. かかってしまったら─IBD患者さんへの治療上の注意
もしインフルエンザに罹患してしまった場合、早めの抗ウイルス薬(オセルタミビル=タミフル®など)の使用が推奨されます。免疫が低下している方では重症化が速いため、症状が出たら早めに医療機関を受診することが重要です。
また、インフルエンザ罹患中にIBDの治療薬を自己判断で中止しないようお願いします。「熱があるから薬を休もう」と自己判断でアドバンスド・セラピーを中断すると、かえってIBDが悪化するリスクもあります。治療を継続することの可否については、必ず担当医にご相談ください。
6. まとめ
今シーズンのインフルエンザは例年より早く、すでに仙台でも流行が始まっています。IBD治療中の方は以下の3点を今すぐ確認してください。
①自分は「注射の不活化ワクチン」をできるだけ早く接種する
②ご家族(特にお子さん)がフルミストを接種する場合は、接種後1〜2週間の密接な接触に注意する
③罹患した場合は早めに受診し、IBDの治療薬は自己判断で中止しない
ワクチン接種のタイミングや治療薬との調整については、診察時にお気軽にご相談ください。この流行シーズンを、一緒に安全に乗り越えましょう。
引用文献
1. 難治性炎症性腸管障害に関する調査研究班 IBD患者におけるワクチン接種エキスパートコンセンサス 令和4年3月
2. Farraye FA, Melmed GY, et al. ACG Clinical Guideline Update: Preventive Care in Inflammatory Bowel Disease. Am J Gastroenterol. 2025;120(7):1447-1473.
3. Eldesouki MH, Ibrahim A, et al. Severe Influenza-Related Outcomes in Patients with Inflammatory Bowel Disease on Immunosuppressive Therapy: A Propensity-Matched Cohort Analysis. Dig Dis Sci. 2026;71(8):3400-3408.
4. 日本小児科学会予防接種・感染症対策委員会 経鼻弱毒生インフルエンザワクチンの使用に関する考え方 令和6年9月